この記事は、CYBOZU SUMMER BLOG FES '25の記事です。
こんにちは、製品戦略本部 知財部の十川(そごう)です。
最近kintoneやGaroonなどのサイボウズ製品でも、相次いでAIが利用できるようになってきていますね。
今日は、そんなAIについて、特許の視点からお話させていただこうと思います。
AIと特許の現在と未来
近年のAI(人工知能)技術の進歩は目覚ましく、私たちの生活を大きく変えようとしています。
そのなかで、特に注目を集めているのが「AIが発明者になれるのか」という問題です。
これは単なる技術論ではなく、特許制度や知的財産の根幹に関わる重要な課題となっています。
AIが生み出す新しい発明の形
AIの発展により、従来人間にしかできないと考えられていた創造的な活動にも変化が生まれています。
特に創薬の分野では、AIが膨大なデータを解析することで、これまで人間では思いつかなかった新しい薬の候補を見つけ出すケースが増えています。
例えば、AIは数億通りの化学的な組み合わせを短時間で検討し、病気に効果的な新薬の可能性を探ることができます。
このように、AIは単に人間の作業を効率化するだけでなく、人間の発想の限界を超えた新しいアイデアを生み出す力を持つようになりました。
AIは発明者として認められるのか?
しかし、ここで大きな問題が浮上します。AIが生み出したアイデアについて、そのAI自体を「発明者」として特許に記載することはできるのでしょうか?
実際に、この問題を巡って世界中で論争が起きています。
現行特許法における「発明者」「発明をした者」にAIは含まれず、発明者は自然人に限られるというのが多くの国での基本的な考え方です。
日本でも、2024年5月16日、発明者を「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載した特許出願について、東京地方裁判所が出願却下処分を支持する判決を下しました。
この判決により、日本においてもAI単体では発明者として認められないことが法的に確定しました。
AIによる発明でも特許は取れる!
AIを発明者として記載することは認められませんが、AIを活用した発明については、別の判決も出されています。
2025年8月、New York General Groupが開発した人工知能「Categorical AI」が発明した技術について、AIの開発者である村上由宇氏を発明者として記載することで、日本で初めて特許査定がされたのです。
この事例で注目すべきは、実際にアイデアを生み出したのはAI自身でありながら、そのAIを開発し、適切な条件や学習データを設定した人間が発明者として認められた点です。
村上氏は「Categorical AI自体の発明及びCategorical AIに入力する条件・学習データ・パラメータの創意工夫による設定という点で実質的に貢献した」とされています。
これは特許制度にとって画期的な判断です。
実際に発明を行ったのはAIであっても、そのAIを開発し、適切に活用したのが人間であれば、その人間が発明者として認められることが明確になりました。
この判断により、AI技術の活用がさらに促進される可能性があります。
今後、この流れはさらに加速していくと考えられます。
AI技術がより高度になり、より多くの分野で活用されるようになれば、人間とAIが協力して生み出す発明は確実に増えていくでしょう。
AIの関与をどう判断するか
前述の事例では、AIの開発者が発明者となることで特許が認められました。
しかし実際には、もっと単純な方法で特許を取得することも可能です。
研究者や技術者がAIを使ってアイデアのヒントを得たとしても、研究者や技術者が自身が発明者になって出願すれば、外部からはAIが関与したかどうかは全く分かりません。
現在の特許制度では、出願時にAIの使用について申告する義務はありません。
つまり、研究者がAIに相談してアイデアを得たり、AIが提案した技術をもとに改良を加えたりしても、最終的にその研究者だけを発明者として出願することが可能です。
AIやAI開発者を発明者とする必要は全くありません。
これは将来的に大きな変化をもたらす可能性があります。
AIの能力がさらに向上し、より多くの研究者がAIを活用するようになれば、実質的にはAIの支援を受けた発明であっても、表向きは人間だけの発明として特許が取得される事例が急増するかもしれません。
ソフトバンクの大量出願が示すもの
こうした変化を象徴的に示す出来事がありました。
2025年4月に特許庁により公開されたデータから、ソフトバンクグループが2023年9月頃、1日に2000件に迫る膨大な数の特許出願を数日間にわたり行っていたことが判明しました。
ここで疑問が生じます。
これほど大量の特許出願について、本当にすべてのアイデを人間が一から考え出しているのでしょうか?
従来の常識では考えられない規模の出願数であり、人間だけでこれだけの発明を短期間で生み出すことは現実的に困難と思われます。
ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏は生成AIを活用した特許出願について言及しており、このような大量出願の背景には、AIを活用した効率的な発明創出プロセスがあることが推測されます。
つまり、表向きは人間が発明者として記載されていても、実際にはAIが重要な役割を果たしている可能性が高いのです。
変化する未来への期待と課題
AIが発明や特許制度に与える影響は、まだ多くの部分が不透明です。
技術の進歩があまりにも速いため、法制度や社会のルールが追いついていないのが現状です。
今後注目すべき点としては、以下のような課題があります。
まず、AIの関与をどの程度まで許容するかという基準作りです。
また、AIが生み出したアイデアの権利関係をどう整理するかも重要な問題です。
さらに、大量出願による特許制度への影響や、中小企業や個人発明家への影響も考慮する必要があります。
一方で、AIの活用により、これまで発見されなかった画期的な発明が生まれる可能性も大いにあります。
医療、環境、エネルギーなど、人類が抱える重要な課題の解決につながる発明が、人間とAIの協力により実現されることを期待したいものです。
私たちは今、特許制度の歴史的な転換点に立っています。
AIという新しいパートナーとどのように付き合い、どのようなルールを作っていくかが、今後の技術革新の行方を大きく左右することになるでしょう。
この動向から目を離せない時代が今後しばらく続きそうです。