技術顧問に聞いてみた──小崎資広さん、武内覚さんインタビュー

こんにちは。コネクト支援チームの風穴(かざあな)です。

この度、あの小崎資広さん、武内覚さんに、サイボウズの技術顧問に就任していただくことになりました。

小崎さんは、日本を代表するLinuxカーネル開発者の一人です。また武内さんも、Linuxカーネル開発者として知る人ぞ知る存在で、最近では、AMD Ryzenプロセッサの問題を追究したことでも注目を集めました。

ということで、さっそくお二人にお話を伺ってきました。

サイボウズSREチームと、小崎さん、武内さんの集合写真
サイボウズSREチームのメンバーと(前列左から4人目が小崎資広さん、同5人目が武内覚さん)


──そもそも、このお話の経緯は?

小崎さん(以下、敬称略):山本さん(編注:山本泰宇、サイボウズ執行役員・運用本部長)から、「技術顧問になっていただけませんか?」とオファーをいただきまして。

──それまでは、山本とは知り合いでした?

小崎:以前、2、3回、お会いしたことがあり、お名前は認識してました。こちらはすっかり忘れていたのですが、山本さん、沼津の私のオフィスまで来てくれたことがあり、どうもその時打ち合わせで同席していたらしいというのが後から分かって。

武内さん(以下、敬称略):私もいました!

──いきなりでビックリしました?

小崎:そうですね。

武内:不思議な縁ですね。

小崎:それとは並行してサイボウズ社の内田さん(編注:内田公太、サイボウズ・SRE)からOpen Source SummitでWalB(※1)の発表をするので、その資料をレビューしてもらえないか、という相談をいただいていて、内田さんとは一緒に作業をしていました。

武内:その会話を小崎さんがTwitterでしているとき、私が巻き込みリプライをされて。

小崎:「何でこの人が@に入ってるんやろ?」と(笑)。今あらためて見直したら武内さんがWalBの話をしたところに星野さん(星野喬、サイボウズ・ラボ)と山本さんがJoinする形で会話をしてて、そこになにも考えずに返信してたんです。

武内:えー、ひどい話だ(笑)。でも僕は、風穴さんの書籍プロジェクトで内田さん、星野さんとは知り合いだったし、面白そうだからと議論の輪に入りました。

──お二人にたくさんレビューしていただいたおかげで、WalBの発表は大成功でした。ありがとうございました!

武内:そのWalBの発表が終わった頃に、山本さんから連絡があって、技術顧問としてやっていただけませんか、と。私は、春に会社を辞めたばかりで、しばらくは就職せずに、家に籠って自己鍛錬するつもりだったんです。そしたら、そんな私にピッタリの契約が提示されて。

──すごいタイミングですね!

武内:ホントに(笑)。なので、そういう形なら全然いいです、やります、と返事しました。

──その後、小崎さんも所属元とサイボウズの間での調整が終わり、サイボウズの技術顧問をやっていただけることになったわけですが、ちなみに、サイボウズにはどんな印象を持ってました?

小崎:僕は元々、風穴さんとか、サイボウズ・ラボの西尾さんとかと付き合いはありましたし、そういう印象でした。

──おー、そうなんですね。武内さんは?

武内:サイボウズの印象は2段階あって、最初は、サイボウズ・ラボの印象でした。セプキャン(編注:セキュリティ&プログラミングキャンプ、現在のセキュリティキャンプの前身)の講師をしていたので、そこで竹迫さん(元サイボウズ・ラボ)、川合さん(サイボウズ・ラボ)と知り合いました。なんかずいぶん元気な、というか、楽しそうに仕事している人がいるな、と(笑)。

小崎:わたしも同じ年にセプキャンに参加していたので、このあたりの方々とは面識がありました。

──ラボの印象だったんですね。

武内:次が、例の書籍プロジェクトで星野さん、光成さん(サイボウズ・ラボ)、内田さんと出会って、みんなゴリゴリの技術屋で、やっぱりすごく楽しそうだなと。しかも、すごく社内の風通しが良くて、なんて仕事がしやすそうなんだ、と。そういう印象です。あと最近では、働き方の話で、ずいぶん攻めたことをする会社だなと(笑)。

小崎:そうそう。働き方改革とかでもサイボウズがすごくバズってるなと。あの広告(※2)とかで。

──そうですね。ここ1年ぐらいは特にそうですね。

武内:他に例がないというか、いろんなことをされていて、すごいな、という印象はありましたね。

話題になったkintoneの広告ポスターの画像
話題になったkintoneの広告ポスター


お二人の「伝説」

──小崎さんって、いつ頃からすごい人になったんでしたっけ?

小崎:何をいきなり(笑)。

──カーネル読書会で、glibcのmallocについて発表したのがコミュニティデビュー?

小崎:ですね。それより前は、すごく昔に、RELAX(REgular LAnguage for XML)というスキーマ言語のJISテクニカルレポートに、Special Thanksとして名前が出たぐらいかな。なので、Linux系では、あれが最初。

──カーネル読書会で、mallocの発表をされたときは、まだLinuxカーネルはお仕事じゃなかったんですよね?

小崎:そうなんですよ。

──私も、そのときのカーネル読書会に参加していましたが、ホント衝撃的でしたね。

小崎:あの後、社内で仕事をしてると、何か知らんけど、代わる代わる社内の人がやって来て、柱の向こうから私を指差して帰っていくんですよ。ものすごい、感じ悪い(笑)。

武内:それは、感じ悪いですね〜(笑)。

小崎:オマエもやってたやないか!(笑)

武内:私も4人ぐらい連れて行きましたよ。あれが小崎さんだ、って。当時、「Linuxカーネルやglibcが専門じゃない部署の人が何でこんなにglibcのmallocに詳しいんだ?」って、社内で話題になって、見に行きました(笑)。それからが縁ですね。それまでは、同じ社内にいても、小崎さんの存在すら、僕らは認識してなかったですから。

──カーネル読書会の発表が、そんなことになってたとは。

武内:でも、あのときはまだ「普通のすごい人」という感じでしたよね。

小崎:それ、形容詞が矛盾してるような(笑)。

なお、もはや伝説となっている、カーネル読書会での小崎さんの発表「mallocの旅(glibc編)」は、以下で見ることができます。


──武内さんは、まずインターンで富士通に行ったんですよね。

武内:そうです。どうしてもLinuxカーネルがやりたいと思って探したら、富士通がインターンを募集していたので、そこでちょっと頑張ったら、そのままLinuxの開発をやってる部署に採用されて、12年かな、勤めました。

小崎:この人は、インターンの頃から伝説を持っていて。

武内:僕は、大学の学部が情報系じゃなかったので、何か印象を残さないとダメだなと思って、当時触ったことのなかったIA-64 Linux上でハードウェアデバッガを使ってファームウェアがOSに渡したテーブルを書き換えたり、色々やりましたね(笑)。

小崎:何学部でしたっけ?

武内:材料工学。

小崎:それでよくインターンの書類選考が通ったよね。

武内:そうそう(笑)。何か、いろいろ書いた気がします。無茶なことを。

──大きな会社だと、やりたいと言っても、なかなかその通りには配属されないことも多いですからね。

武内:いやぁ、奇跡ですよ。すごく良い巡り合わせでしたね。入社してからは、Linuxカーネルのプロセススケジューラの改善というのをやってました。さらに、社内のOS教育もやることになり、その流れで、セプキャンの講師に呼ばれて……。それが社外への認知の第一歩ですね。

──小崎さんも、大学は情報系じゃないんですよね?

小崎:物理屋さんです。大学を卒業したときが、ちょうど就職氷河期だったので、あまり選べずに家電メーカーの子会社に進みました。ちょうど家電にOSが入り始めた頃で、最初はまだITRONだったけど、その後、Linuxになって。

──スタートは組み込み系だったんですね。

小崎:そう。組み込みでソフトを書いていると、何でこう動くんだろうと、OSのカーネルのコードを読まないといけないことが多々あって……。さらに、周りにそれを説明する必要もあったので、カーネルやらglibcやらの資料を山ほど書いて、説明するということに慣れました。なので、その後エンタープライズに移ったら、そこでは激しく分業が進んでいて、みんな自分の専門以外は知らないということに、ものすごく驚きました。

武内:あるある(笑)。

小崎:結局、最初に就職したところで、たまたま、大きなプロジェクトに入って、大量のソースコードに触れたっていうのが転機になった気がしますね。家電って、ユーザがリモコンを操作して動かない、となったら「リモコンを押したけど動きませんでした」というバグチケットが切られるんですけど、その犯人捜しが困難を極めるわけですよ(笑)。するといつも貧乏くじを引く人がいて、横断的にコードレビューをして突き止めたりする必要があるわけ。そういうのを繰り返して、すごく大きいソフトウェアに対して、何とかしてコントローラブルにするっていうのが、だんだん得意になってきて、それが後々、だいぶ役に立ちましたね。

小崎資広さんの写真
小崎資広さん


技術顧問としての抱負

──今後、どうする、こんなふうにしたい、みたいなのはありますか? 個人的なことと、それから技術顧問としての2つの視点で。

武内:個人的なことで言うと、私、退社の寸前までBtrfsの開発をやっていました。それを、今でいうext4みたいに、あらゆるユーザが使うファイルシステムにしたいです。なので、またその開発に戻ったり、資料を書いて広めたりして、何とか流行らせたいなと。これはすごく良いものだと、自分では思っているので。

──Btrfs! 私も、個人的にBtrfsには期待してるので、ぜひ頑張ってください!

武内:技術顧問として何ができるかというと、何だろなぁ、やっぱり、アプリケーションより下のレイヤ、特にglibcとかカーネルとか、その辺の低レイヤのことをもっと知ってほしいかなと。当たり前のように話せるようになってほしいので、そのお手伝いができればと。

──なるほど。それもぜひ!

武内:あと、わたしは前職では障害が発生したら社会インフラが止まるし、すぐに原因究明をして対策を考えないといけないシステムを扱っていました。その経験を共有し、サイボウズのサービスをより良くしていくことに貢献できたらなと思ってます。

──ありがとうございます! では、小崎さんは?

小崎:なんか、美味しいところ全部取られちゃって言いにくいんですけど(笑)。私はLinuxカーネルのdevelopmentのほうにいたというのが、特色としてあると思ってます。ネットで検索できるLinux記事は、特にトラブルシューティングの記事が結構間違ってたりするんです。動作原理を知らないからそうなってしまうんですけど。ですからLinuxの設計や、なぜそう動作するのかといったところも含めて共有しつつ、一緒に最高のサービスを作っていきたいです。

──小崎さんご自身は、いま、技術的にはどの辺に興味あります? Linuxカーネルだとメモリ管理ですよね?

小崎:そうですね。私はメモリ管理周りが専門です。ただ、カーネルの中の活動をする前はHPC屋さんで、パフォーマンスチューニングをやってました。そのあたりはそれなりに知識があるので、そういうところもSREの領域に生かせると思っています。

働き方は変わった?

──ちなみに、生活というか、働き方みたいなものは、技術顧問就任で変化はありますか?

武内:僕は、しばらくは仕事をしないつもりだったので、適度に仕事が入るかな、というぐらいですね。どっちかというと、小崎さんのほうが変化はあるんじゃないですか?

小崎:忙しいは忙しいんですけどね。だいぶ配慮していただけているので、それで回せてますね。サイボウズさん以外だったら、こういうのは無理だったかもしれないですね。

──そういう面はあるんですね。

武内:私もそうですね。さっきも言いましたが、こっちの都合に会社のほうが合わせてくれるっていう……なんて会社だとビックリしましたよ(笑)。すごく助かりましたね。

武内覚さんの写真
武内覚さん


最後にひと言

──最後にひと言、お願いします。

武内:サイボウズのエンジニアの方々って、みんなすごい優秀なんですけど、「サイボウズがオープンソースソフトウェアに、こういうコントリビュートをしました」みたいなのが、外にはまだそれほど見えてきていないので、それは何とかしたいですね。サイボウズは、働き方はすごい、というのに加えて、こんなにすごいエンジニアがいるっていうのを、ラボの面々だけでなく、サイボウズ本社のほうからも、どんどん出ていくといいのかなと思ってます。

小崎:その辺は、我々もだいぶ、何と言うか、empowerするのは得意なので、ぜひやりたいですね。

武内:例えば、WalBをアップストリームに持っていくとか、その他の機能改善とか開発とか、何でもいいですけど、それをOSSに持っていくというときに、どうやればいいのかといった点は、我々はまさに得意技なので、外に出るお手伝いはできると思いますね。

小崎:我々、文化が違うところから来てるので、お互いに学びあっていけるといいな、と。それを通じて、ぜひとも新しい価値をお互いに作っていくことができたらなと思っています。よろしくお願いします!(了)

kintoneゲーストスペースの画面
お二人とのやり取りは、kintoneのゲストスペース(kintoneの利用ユーザー以外の人が、ゲストとして参加できるスペース)で行っています。


文責・写真:風穴 江


※1:「WalB」(ワルビー)は、サイボウズ・ラボの星野を中心に開発されている、Linux用のバックアップおよび非同期レプリケーションのためのシステムです。ブロックデバイス層でWrite-Ahead Logging(ログ先行書き込み)を行っているのが大きな特徴で、オープンソースソフトウェアとして公開されています。

WalB v1.0 リリース

※2:鉄道駅などで展開された、kintoneの広告。皮肉な「煽り」広告として、BuzzFeed(「ノー残業、楽勝!予算達成しなくていいならね」 サイボウズの煽り広告がよくぞ言ってくれた!──上司の皆さんは耳が痛いのでは)などでも話題に。