ユーザーリサーチ勉強会: モバイル端末の利用行動を調査する(日記調査編)

こんにちは。モバイルチームの今野です。

この記事では、弊社のリサーチャーとモバイルエンジニアの有志からなるユーザーリサーチ勉強会の中で実施したモバイル端末での利用行動の調査と分析の事例を2つの記事に分けてご紹介します。

ユーザーリサーチ勉強会を始めた経緯については、以下の記事でご紹介しています。あわせてご参照ください。

blog.cybozu.io

普段、私たちはスマホをどのように使っているのか

私たちは日頃からあらゆる電子機器に囲まれて暮らしています。その中でも、スマートフォンを代表とするモバイル端末はより身近な存在であり、一日の中でも何度も手にする道具の一つです。

今回、ユーザーリサーチ勉強会の一環として、モバイル端末のプロダクトに関わる新しいアイディアを発想するという目的のもと、「モバイル端末の利用行動」を調査することにしました。

今回の調査プロセス

人間中心設計(HCD)のプロセスでは、使う人の要求に応えるために図のように設計と評価を繰り返すとしています。そのプロセスの最初の一つに「利用状況の把握および明示」があります。

インタラクティブシステムの人間中心設計プロセスの図
ISO 13407 (JIS Z 8530):インタラクティブシステムの人間中心設計プロセス

「モバイル端末の利用行動」の調査においても、利用状況の把握にあたって、大きく二つの段階に分けて調査を進めました。

  1. モバイル端末の利用行動に関する情報を収集する
  2. 収集されたデータを分析する

この記事では、まず一つ目の段階である「モバイル端末の利用行動に関する情報を収集」についてご紹介します。

モバイル端末の利用行動とは

調査対象としている「モバイル端末の利用行動」について、あらためて整理します。ここでのモバイル端末とは、一般的にスマートフォンやスマートウォッチなどの機器のことを指します。

  • 利用時間がまとまっていない(持続時間も異なる)
  • 一日に何度も利用する(タイミングも離散している)
  • 一つひとつの文脈(目的、環境など)が異なる不定形なもの
  • 利用するアプリケーションもさまざま(特定のアプリケーションの利用調査ではない)

これらのデータを収集すること念頭において、調査手法を選択します。

調査手法を選択する

何らかの利用状況を把握するプロセスを進めるために使用できる手法はさまざま存在します。

  • アンケート
  • インタビュー
  • 認知的ウォークスルー
  • ユーザビリティテスト
  • フィールド調査(行動観察)
  • エスノグラフィー調査

結論として今回は日記調査(自己観察)+ デプスインタビューという手法の組み合わせで実施しました。

日記調査は事実(出来事)とその人の内観(気持ち)の両方を同時に、さながら日記を書くかのごとく、自分で情報を拾っていく調査手法です。また、日記調査だけでは得られにくい行動の背景や心情について深掘りするためにデプスインタビューを追加で実施しました。

「日記調査(自己観察) + デプスインタビュー」という手法の組み合わせで調査を実施するに至った観点について、いくつか紹介します。

観察すべき時間軸の長さはどの程度か

今回、「一日を通したモバイル端末の利用行動」を把握するために、調査時間は丸一日を要します。

また、特定のアプリケーションの一時的なユーザー体験を観察するといった調査ではなく、朝起きてから就寝に至るまでに触れたプロダクトやシステムとの接点一つひとつの利用行動を把握するための調査となります。

観察者は他者か自分自身か

日記調査は、観察者が自分自身であり、自己申告でありのままの事実を綴っていく手法です。観察者に立ち入られないことから、他者の影響を受けず、普段通りのありのままの行動をベースに報告できる利点があります。

一日を通して調査するコストの面でも、自分自身が記録することから比較的軽量に実施できます。

「いつ」「どこ」で利用が発生するか

今回のモバイル端末の利用行動は、事前にタイミングがわからない性質のものです。そのとき取った行動を「いつ」「どこ」で起きたかを併せて記録する必要があります。

また、日記調査ではそれぞれの出来事を記録するかどうかの選択肢が本人に委ねられており、基本的には全てを記録する前提はありつつもプライバシーの観点から選択的に情報を提供できる利点があります。

人の内面のデータは含まれるか

日記調査では、時間の経過にともなって「いつ」「どこで」どのような行動を取ったのかといった「ある一日の生活の実態」を大まかに把握することができます。

一方で、日記調査だけでは一つひとつの行動にある背景や心情は探れないため、日記調査のデータをもとにデプスインタビューを行い、それらの心情について深掘りします。

自己観察の進め方

ログデータを収集する範囲と粒度および属性を決定する

今回は、範囲を「ある休日の一日のモバイル利用」として、「粒度は軽めに、網羅的に」記録できることを重視しました。一件あたりの情報量は浅めでよく、いつ、どこで。何があったのかを簡潔に確実に記録してもらう方針としました。

具体的な記録項目は以下です。

  • 「時間」
  • 「場所」
  • 「目的と文脈」
  • 「何らかのシステムを使用したときの気持ち」

咄嗟に文字に書き起こせない場面では写真やスクリーンショットを記録することで代替可能としました。写真やスクリーンショットがあれば、あとでその時々のシーンを思い起こす助けになります。

また、「プライバシーに関わること以外、自らの判断で記録する事柄を取捨選択しない」ことも要件の一つとして定めました。

観察者にとっては当たり前のことであっても、他者から見れば興味深いことも多く、そこから意外な癖を発見できたり、本人にとっては無意識にとっている行為のモーメントからも新しい気づきが得られる可能性もあるからです。

自己観察の観察者(被験者)を募る

今回は、観察者を勉強会のメンバーから2名ほど募集しました。

自己観察では、一日の過ごし方をチーム内で開示する必要があるため、前提としてプライバシーに関わるような事柄は共有する必要はないことを明示した上で募集を行いました。

また、あらかじめ観察者から「所有しているモバイル端末」「家族構成」「記録できそうな日時」をヒアリングし、前述のログデータの取り方などを説明した上で、不明な点がないか質問を受け付けて解消しておきます。このとき、事前に記録サンプルを用意して説明できると、記録一件当たりのボリュームや項目などロギング(ログを取る行為)のイメージを持ってもらいやすいです。

日記調査の実施

観察者に「ある休日の一日のモバイル利用」についてロギングを行ってもらいます。

記録に用いるツールは指定はせず、被験者が普段使い慣れているツールなどやりやすい方法で行ってもらいました。

私も観察者の一人として調査に参加しましたが、記録に Slack を利用したところ、スレッドにテキストや写真を投稿していくたびに自動的にタイムスタンプが残るため、後で振り返りやすく使い勝手が良いと感じました。

また、Google マップのタイムライン機能もあわせてを用いると、時間軸に沿って記録された位置情報(ロケーション履歴)に基づいて訪れた場所を簡単に振り返ることができ、のちのデプスインタビューの際に役立ちました。日記調査と組み合わせることでデータを正確に補完できる機械的なログの収集については、他にも色々と工夫しがいがある点だと感じます。

以下は、実際に記録したログの一部です。

Slackに記録したログのスクリーンショット 1枚目 Slackに記録したログのスクリーンショット 2枚目

実施した上で感じたこと

被験者(観察者)とのラポール形成の重要性

ラポール形成は、被験者との信頼関係を築くことであり、安心して調査に参加してもらうための重要なプロセスです。

自己観察は、被験者の生活実態を把握する性質上、事前に信頼関係を築いた上で参加してもらうことが重要だと考えます。また、日記調査のデータの取り扱いについても共有範囲を限定し、取り扱い方を明文化したものを被験者にお伝えすることにより、安心してログデータを預けてもらえるのではないかと思います。

今回は、勉強会の参加メンバーが被験者を務めた都合上、あらかじめ信頼関係が形成できている状態でしたが、他部署の面識のない方や外部から被験者を募る場合は、ラポール形成を丁寧に実施し、信頼関係の構築を行なってから実施することで、より本質的な発見が含まれる良いデータを収集できると感じました。

さいごに

この記事では、普段何気なく使っているモバイル端末の利用行動について、日記調査を行う上での準備の進め方と実施方法についてご紹介しました。

次回は、日記調査を踏まえたデプスインタビューと分析についてご紹介します。