読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Webアクセシビリティに必要なのは「理想への翻訳」 - FRONTEND CONFERENCE 2016参加報告

こんにちは、kintone開発チームの小林です。3月5日に大阪で開催されたFRONTEND CONFERENCE 2016に登壇しました。発表内容は、私がWebアクセシビリティの重要性をサイボウズ社内で伝えていった取り組みについてです。 カンファレンス登壇中の写真

資料はこちらです:

www.slideshare.net

発表中のツイートをTogetterにまとめました:

「あなたの言葉で伝えるWebアクセシビリティ」への反応 - Togetterまとめ

Webアクセシビリティの重要性が理解されない!

「Webアクセシビリティとは、障がい者・高齢者対応のことだ」と言われることがあります。しかし、これは正しい解釈ではありません。Webアクセシビリティとは、障がい者や高齢者も含めて、「すべての人」がWebにアクセスできることです。

例えば、Webアクセシビリティでは、色のみに依存した表現を避けるべきだ、と言われています。色覚異常の人など、色を区別することが難しい人たちにとって、色のみに依存した表現を使ってしまうと、正しい情報にアクセスできない可能性があるからです。

以下の画像には3つのグラフが描かれています。左側のグラフは一般の色覚の人が見たグラフ、真ん中と右側は、一般の色覚でない人が見た色を再現したグラフです。一般の色覚でない人にとっては、グラフの内容が明瞭に読み取れないことがあることがわかります。 様々な色覚で見え方を比較したグラフ

しかし、色に対する配慮は一般の色覚を持った人にも重要な場合があります。例えば、白黒印刷した場合や、Kindleで表示した場合です。このような状況では、色の情報が失われてしまうため、正しい情報にアクセスできない可能性があります。また、色が表示できる端末であったとしても、屋外など、日光が強くあたっている環境では、色が正確に視認できるとは限りません。色のみに依存した表現は、障がいの有無にかかわらず避けるべきなのです。

Webアクセシビリティとは、人、デバイス、コンテキスト(利用環境)が、それぞれ多様であったとしても、Webの情報にアクセスできるようにすることです。障がい者や高齢者など「人」にフォーカスされることの多いWebアクセシビリティですが、本質的には、人を含めたあらゆる多様性の中で、Webにアクセスできることを指しています。

そして、どんな状況でも普遍的にアクセスできることこそがWebの本質であり、だからこそWebアクセシビリティは重要なのだ、と説明されることがあります。以下の文章は、Webアクセシビリティの理念として、よく参照されるTim Berners-Lee氏の言葉です:

The power of the Web is in its universality. Access by everyone regardless of disability is an essential aspect.

(拙訳: Webの力はその普遍性にある。障がいの有無にかかわらず、誰もがアクセスできることが本質的な側面なのだ。)

しかし、このようなWebアクセシビリティの理念を伝えたとしても、多くの人に共感されるとは限りません。他に優先すべきタスクがある、と言われてしまったり、プロダクトにとって重要なの?と疑問を投げかけられてしまったりします。

チームの理想に翻訳する

Webアクセシビリティの重要性に共感してもらうために、私が最も重要なプロセスだと考えているのは、Webアクセシビリティの理念をそのまま伝えるのではなく、「チームの理想」に翻訳して伝えることです。

「理想」や「チーム」はサイボウズ社内で定義されている用語です。「理想」とは個々人が望んでいる状態を指し、「チーム」とは「共通の理想を実現するために行動する集団」を指します。 「会社」は「チーム」のひとつです。なぜなら会社には「全社目標」や「ミッション」といった、共通の理想があり、社員は理想を実現するために行動しているからです。

「チーム」は共通の理想の実現に寄与しない行動をとりません。「売上◯億円」という理想を掲げたチームにおいて、無駄な出張や、費用対効果の乏しいキャンペーンなどは、理想を阻害する行為として抑制されたり禁止されたりします。

Webアクセシビリティの理念を伝えても、人の行動が変わらないのはなぜか?これには様々な原因が考えられますが、重要な原因のひとつは、みなさんの相手にしているものが「チーム」であり、Webアクセシビリティがチームの理想に寄与しないと判断されたからではないでしょうか。

例えば、社内の1人の開発者にWebアクセシビリティの理念を伝えたとします。その開発者自身はWebアクセシビリティの理念に共感するかもしれません。しかしその開発者は開発チームに属するメンバーのひとりであり、開発チームの理想にしたがって行動しています。チームは、理想の実現に寄与しない行動をとりません。Webアクセシビリティの理念がいかに素晴らしいものであっても、「開発チームの理想に寄与しない」と開発者が判断した場合、開発者の行動を変えることは困難です。

この状況を克服するためには、Webアクセシビリティの理念をそのまま伝えるのではなく、チームの理想に翻訳して伝えること。言い換えれば、チームの理想にとってWebアクセシビリティがどんな意味を持つのか、を伝えることが重要です。

「サイボウズ」にとってのWebアクセシビリティ

ここからは具体的に、私が「サイボウズ」というチームに対して、Webアクセシビリティが持つ意味について考えたことをお伝えします。

「サイボウズ」というチームの理想は、「チームワークあふれる社会を創る」というものです。会社、学校、地域のサークル、家庭、公共団体など、世の中には様々なチームがあります。サイボウズの理想は、それぞれのチームが、チームワークを向上させ、よりよい社会が実現されることです。サイボウズのグループウェアは、この理想を実現するために開発されています。

では、このサイボウズの理想にとって、Webアクセシビリティはどのような意味をもつのでしょうか。これを考えるには、「アクセシビリティ」という言葉の意味に立ち返ることが重要だと私は考えました。

アクセシビリティ(Accessibility)とは、アクセス(Access)できる能力(Ability)のことです。これは何に対するアクセスなのでしょうか?通常のアクセシビリティの意味で解釈すれば、アクセスの対象はサイボウズの製品・サービスということになります。しかし、ユーザは、サイボウズの製品・サービスにアクセスすること自体を目的に行動するわけではありません。より本質的な問いかけは、ユーザは、わたしたちの製品・サービスにアクセスすることで、一体何にアクセスしているのか?ということです。

サイボウズのユーザが本当にアクセスしているもの、それはチームです。ユーザは、チームに参加したい、チームの活動に貢献したいと願って、サイボウズの製品・サービスにアクセスするからです。したがって、サイボウズにとって、アクセシビリティとは、「ユーザがチームにアクセスできる能力」です。そして、サイボウズにとって、Webアクセシビリティを確保することの意味は、「チームに参加(アクセス)したい」というユーザの願いを尊重することです。これが、Webアクセシビリティの理念をサイボウズの理想に翻訳した結果です。

翻訳した内容を広める

Webアクセシビリティの理想をサイボウズの理想に翻訳したのち、私は、翻訳した内容をさまざまな人に広めることにしました。

サイボウズの開発チームでは、たくさんのLT大会が開催されています。私はまずサイボウズにとってのWebアクセシビリティの意味を社員に伝えることにしました。 また、サイボウズには、自分で作ったグループウェアを自分たちの業務で使う「ドッグフーディング」の文化があります。私は、グループウェア上でも、Webアクセシビリティに関する多くの書き込みを行いました。

次第に、Webアクセシビリティに関してより専門的に話し合う場の必要性を感じ、Webアクセシビリティに関する勉強会を企画することにしました。 勉強会は、デザイニングWebアクセシビリティという本を輪講する形式をとりました。私は、勉強会の初回で、サイボウズにとってWebアクセシビリティが持つ意味を参加者に伝えました。

いろいろな施策の結果、多くの社員が、一般的なWebアクセシビリティの理念に終始することなく、サイボウズとしての意味を考えてくれるようになりました。以下の画像は、Webアクセシビリティ勉強会で発表した社員が、最後のまとめとして書いたスライドです。「アクセシブルなナビゲーションを設計することは『チームに参加したい』というユーザの願いを叶えるためにも必要なこと」だと書いています。 Webアクセシビリティ勉強会のスライド。所感: 目的の情報にアクセスしたくても、たどり着けないことには意味がない。アクセシブルなナビゲーションを設計することによって、Webを利用するユーザが、目的の情報にたどり着きやすくなる。つまり、アクセシブルなナビゲーションを設計することは「チームに参加したい」というユーザの願いを叶えるためにも必要なこと。

チャンスを大切にする

現在、サイボウズの社内では、Webアクセシビリティへの認知や啓蒙が徐々に進んでいる状況です。今後、サイボウズの社内でWebアクセシビリティを推進していくには、以下のような多くの課題が残されています:

  • Webアクセシビリティの取り組みが全社で合意できていない。
  • Webアクセシビリティ基準に関する明確な目標が定まっていない。
  • Webアクセシビリティを製品に導入するプロセスが確立されていない。

しかし、課題が解決されていない状態の中でも、次第にWebアクセシビリティに関する実装や配慮が増えてきています。例えば、一部の画面で文字の視認性を向上させるため、文字と背景色のコントラスト比を一定値以上にする取り組みを行なったり、一部のフォームをキーボード操作に対応させたりしています。

コントラスト比の取り組みについては、デザインリニューアルのタイミングでプロダクトマネージャに提案し、採用してもらうことができました。また、キーボード対応については、開発合宿でプロトタイプを実装したことで、実現にこぎつけました。Webアクセシビリティをサービスに導入するプロセスが確立されていない場合、地道に啓蒙活動を続けながら、チャンスを活かすことが重要だと私は考えています。

翻訳者は「あなた」

ここまで、Webアクセシビリティの理念をチームの理想に翻訳し、翻訳を広め、実現するプロセスについて説明してきました。このうち最も重要なプロセスは「翻訳」であると私は考えています。翻訳ができていなければ、翻訳した内容を広めることも、実現することもできないからです。では、Webアクセシビリティの理念をチームの理想に翻訳できる「翻訳者」とは誰なのでしょうか?

私は、翻訳者は読者のみなさんだと思います。なぜなら、みなさんはチームに属しているからです。会社に勤めている方は勿論、フリーランスの方であっても、顧客と一緒に開発に取り組む以上、チームの一員であるはずです。みなさんは、Webアクセシビリティの理念とチームの理想、両方を知っています。きっとみなさんは翻訳する力を持っているはずです。

多くの方が翻訳者となり、一般的なWebの理念ではなく、みなさんの言葉でWebアクセシビリティの重要性を伝えることで、みなさんのサービスがアクセシブルになることを願っています。